Shogo君からの留学レポート
2025年8月末〜2026年1月中旬まで4ヶ月半パレ英語村で留学したShogo君から留学レポートを共有いただきましたのでご紹介させて頂きます。
1. 旅立ちのプロローグ:なぜ「インドネシアで英語」だったのか
日本を出発する前、周囲の反応は一様に「?」だった。「英語を学ぶならフィリピンや欧米じゃないの?」「インドネシアで英語なんて通じるの?」という声。
私自身、不安がなかったわけではない。けれど、単なる語学の習得以上に、*「非ネイティブ同士がいかにして心を通わせるか」*という現場を見たかった。完璧な文法や発音の追求ではなく、世界人口の多くを占める非ネイティブスピーカーたちが使う「生きた道具」としての英語。それを、多文化が共生するインドネシアという地で体感したかったのだ。
2. 教室での日々:完璧主義からの解放
語学学校の初日、私は緊張でガチガチだった。間違えたら恥ずかしい、発音が変だったらどうしよう。そんな私の心を解きほぐしてくれたのは、現地の講師たちの驚くほど温かいホスピタリティだった。
「Don't be shy! Your English is a bridge.」 先生が繰り返してくれたこの言葉。英語は「テストの対象」ではなく、相手と自分を繋ぐ「架け橋」なのだと教わった。
非ネイティブ同士の心地よさ: インドネシア人の先生が話す英語は、クリアで、かつ急ぎすぎないリズムがあった。彼らもまた、学習して英語を身につけた「先輩」だからこそ、つまずきやすいポイントを熟知していた。
文化を英語で学ぶ贅沢: レッスンの合間に交わされる、インドネシアの宗教観や家族観についてのディスカッション。英語というツールを使って、全く異なる背景を持つ人の深層心理に触れる瞬間、私の英語はただの「音」から「意味」へと変わっていった。
3. 街中での「サバイバル・イングリッシュ」
学校を一歩出れば、そこはさらにエキサイティングな実践の場だった。
Grabの運転手との会話: 「Where are you from?」「Japan!」から始まる短いやり取り。彼らの英語は決して流暢ではないかもしれない。けれど、目的地へ向かうバイクの後ろで、風に吹かれながら交わす片言の英語には、教科書には載っていない「通じる喜び」が詰まっていた。
激辛料理と笑い声: 屋台で「No spicy, please!」と必死に訴えても、出てくる料理はやっぱり辛い。そんな時、「It’s too spicy for me!」と笑いながら店員さんとやり取りする時間は、最高のリスニング&スピーキングの練習になった。
「Tidak apa-apa」の精神: 言葉が詰まっても、相手が「大丈夫、気にしないで(Tidak apa-apa)」という空気を作ってくれる。このインドネシア特有の寛容さが、私の「英語を話す恐怖心」を消し去ってくれた 。
4. 挫折と成長:言葉の壁を超えた瞬間
もちろん、順風満帆なことばかりではなかった。自分の言いたいことが10%も伝わらず、寮に帰って一人で落ち込む夜もあった。ネイティブのような格好いいフレーズが使えない自分に焦ることもあった。けれど、ある日気づいたのだ。*「大切なのは、何を話すかではなく、どう向き合うかだ」*ということ。 たどたどしい英語でも、相手の目を見て、身振り手振りを加え、最後にはインドネシア語で「Terima kasih(ありがとう)」と添える。その一工夫で、世界は劇的に優しくなることを知った。
5. 結び:帰国して思うこと
インドネシアで過ごした時間は、私の英語観を根底から覆した。 今、私の手元にあるのは、流暢な発音ではないかもしれない。けれど、*「どんな相手とでも、英語を使って泥臭く、かつ楽しくコミュニケーションを取れる」*という揺るぎない自信だ。
インドネシアの熱気、スコールの後の匂い、そして出会った人々の笑顔。それらすべてが私の英語の一部になった。この経験は、これからの人生において、どんな高い壁も乗り越えていけるお守りのようなものだ。
NPO・NGO団体パレ英語村日本事務局






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